2016年3月7日月曜日

正定値内積は非退化内積であること

この記事では主に、正定値内積は非退化内積の性質を満たすことを示す。また、逆は成り立たないことを例を挙げて示す。
そして、次の図の関係を示す。



以下では実数の集合をRとする。

内積の定義

上のベクトル空間 V において、<・|・> : V×V → の関数が
xy∈ V で a ∈ R のとき

1. 双線形性
  • <ax + y | z> = a <x | z> + <y | z>
  • <x | ay + z> = a <x | y> + <x | z>
2. 対称性
  • <x | y> = <y | x>

をみたすとき、(この記事では)内積という。

非退化内積の定義

上記に加えて、

3. 非退化性
  • z [ <x | z> = 0 ] ⇒ x = 0

をみたす内積を非退化内積という。
つまり

「どんなベクトルと内積をとっても零になるベクトルは、零ベクトルしかない」

という性質をみたす内積である。


3. 非退化性の対偶
  • x0 ⇒ ∃ z [ <x | z> ≠ 0 ]

ととらえてもよい。これはつまり、

「零ベクトルではない x との内積は、うまくベクトル z を選べば零にならないようにできる」

ということである。

定値内積の定義

1.双線形性と 2.対称性の他に、3.非退化性ではなく、

4. 定値性
  • <x | x> = 0 ⇒ x = 0
をみたす内積を、(この記事では)定値内積という。

正定値内積の定義

1.双線形性、 2.対称性、そして 4. 定値性の他に、

5. 正値性
  • <x | x> ≧ 0
をみたす内積を、正定値内積という。
この定義から直ちに、内積が正定値であれば、定値である。

定値内積は非退化内積であること

内積が「定値」ならば「非退化」であることを示す。

4. 「<x | x> = 0 ⇒ x = 0」と
3.の前件 「∀z [ <x | z> = 0 ]」を仮定する。

3.の前件で特に z = x のとき、<x | z> = <x | x> = 0 である。
よって4.により、「x = 0」が成り立つ。これは3.の結論である。(証明終わり)

以上より、内積が定値なら定値、よって非退化である。

非退化だが定値内積ではない例

4.定値性の否定は、∃x [ <x | x> = 0 かつ x0 ]なので

「∀z [ <x | z> = 0 ] ⇒ x = 0」 かつ ∃x [ <x | x> = 0 かつ x0 ]

をみたす内積<・|・>が存在することを示せばよい。

例1

簡単のため dimV = 2 とし、定値ではない内積を
<e1 | e1> = 1 , <e2 | e2> = 0 (ここが定値ではない) , <e1 | e2> = <e2 | e1> = 1
で定義する。
x = x1e1 + x2e1 , z = z1e1 + z2e2 とすると、(反変ベクトルの成分は添字を上に、基底の添字は下につける慣習に倣った)

<x | z> = x1z1 + x1z2 + x2z1 = (x1 + x2)z1 + x1z2 = 0

これが任意の z で成り立つには、( z1 と z2 についての恒等式なので)

x1 + x2 = 0 かつ x1 = 0

すなわち x = 0
よって非退化である。

例2

よくあるミンコフスキー平面の例。
dimV = 2 とし、定値ではない内積を
<e| e1> = 1 , <e| e2> = -1 , <e| e2> = <e| e1> = 0
で定義すると、

<x | z> = x1z1 - x2z2 = 0

これが任意の z で成り立つには、

x1 = 0 かつ x2 = 0

すなわち x0
よって非退化である。

そして、x = e1 + e2をとると、

<x | x> = 1 - 1 = 0 かつ x ≠ 0

のため、定値でない。

この例から、あるベクトルの大きさは正、あるベクトルの大きさは負となる内積は、<x | x> = 0 となる x を構成できるため、定値でないことがわかる。

定値内積だが正定値ではない例

例3

dimV = 2 とし、内積を
<e1 | e1> = -1 , <e2 | e2> = -1 , <e1 | e2> = <e2 | e1> = 0
で定義すると、

<x | x> = - (x1)2 - (x2)2 ≦ 0

であり、この式から

<x | x> = 0 ⇒ x = 0

も分かるので定値だが正定値ではない。

非退化でない内積の例

ついでに、非退化ですらない内積の例を挙げてみる。

例4

dimV = 2 とし、内積を
<e1 | e1> = 1 , <e2 | e2> = <e1 | e2> = <e2 | e1> = 0
で定義すると、

<x | z> = x1z1 = 0

が任意の z で成り立つとき、 x1 = 0 だが x2 は 0 でなくてもよい。
よって

z [ <x | z> = 0 ] かつ x0

をみたす x が存在する ( x = e2 あるいは e2 の実数倍) ことがいえたので、非退化でない。



(関連のある記事)
内積が非退化であると、計量テンソルに逆行列が存在することがいえる。それは次回